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吉野神宮(よしのじんぐう)

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所在地・住所 〒639-3115 奈良県吉野郡 吉野町吉野山3226
電話番号 0746-32-3088
参拝料金 無料
参拝時間 午前8時30分~午後5時
祭神 後醍醐天皇
創建 1889年
アクセス 近鉄吉野神宮駅より駅前の大鳥居を通りすぎ、坂道を徒歩で約20分(約1km)
公式サイト https://www.naranet.co.jp/yoshinojingu/

明治維新へとつながった後醍醐天皇の意志

1889年、明治天皇が第%代後醍醐天皇の偉業を称えるために創立を指示されたのが吉野宮だ。

後醍醐天皇が即位された頃は、鎌倉幕府では北条一族が権勢をふるい、皇位継承にも干渉するほどで、朝廷の権威はとても衰退していた。廃れゆく日本の姿を正さんとして新しい政治の理想を掲げ、武家の専横政治と厳しく対立することになる。

後醍醐の称は、よき時代とうたわれた延喜の世を治めていた第60代醍醐天皇に由来するもので、強い決意の表れであった。

いく度となく苦しい選択を迫られ、それでもすべてを受け入れつき進む姿は、のちに不接不屈の精神、折れない心をもつ天皇として評されるようになる。

1333年に鎌倉幕府を倒すことに成功し建武の中興を行なうも、武家政治の再興を目指す足利尊氏の謀反により、わずか2年あまりで京都を出られ吉野へ向かうこととなる。後醍醐天皇はその理想を成し遂げられぬまま1339年に崩御されるが、その志は500年の時を超えて引き継がれ、明治の新政へとつながっていく。明治天皇はその偉業を改めて偲び、吉野宮の創建を決定。1918年に吉野神宮へと改称し、現在へと至る。

後村上天皇が彫った後醍醐天皇の傷像

吉野神宮には後醍醐天皇をかたどった像が存在する。元は後醍醐天皇を祭神とし、同じく吉野にある吉水神社に奉安されていたもの。第97代後村上天皇が彫ったものとされていて、創建とともに吉野神宮へと遷されることとなった。

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