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八坂神社(やさかじんじゃ)

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所在地・住所 〒605-0073 京都市東山区祇園町北側625
電話番号 075-561-6155
参拝料金 無料
参拝時間 自由
祭神 素戔嗚尊、櫛稲田姫命、八柱御子神
創建 656年
アクセス 京阪祇園四条駅より徒歩で約5分
公式サイト http://www.yasaka-jinja.or.jp/

素戔嗚尊をまつる、全国約2300社の総本社

京都・祇園の東端に建つ八坂神社。京都三大祭の一つ・祇園祭が行なわれる神社であり、地元の人たちからは「祇園さん」と親しまれている。全国に約2300社ある八坂神社の総本社で、祭神は素戔嗚尊と櫛稲田姫命、そしてその御子・八柱御子神をまつる。

素戔嗚尊は古来、新羅国牛頭山に鎮まる牛頭天王、そして武塔天神と同一視されてきた。牛頭天王はインド仏の祇園精舎の守護神。ゆえに、八坂社はかつて祇園社とも呼ばれ、神仏習合の寺院となっていた。明治の廃仏毀釈の際に、祇園社、祇園感神院の名を廃止し、八坂神社に変更することになった。

『釈日本紀』に引用されている『備後国風土記』逸文に次のような話がある。武塔天神が妻問いの旅をしていたある日、蘇民将来と巨旦将来の兄弟に一夜の宿を求めたところ、裕福な巨旦将来には断られたが、貧しい蘇民将来には歓待を受けた。その時天神がこう述べた。「吾はハヤスサノヲの神である。近く疫病がはやるが、その時は「蘇民将来の子孫也」、といって腰に茅の輪をつけるように」。ほどなくして疫病が蔓延。蘇民将来の家族は無事で、巨旦将来の一族は疫病によって絶えたという。こうして祇園社は疫病退散のご利益があるとして人々の信仰を集めることとなった。

神社の創祀については諸説あるが、神社の由緒書では656年に朝鮮半島からの使者が素戔嗚尊の御神霊を八坂郷にまつったことをその始まりとしている。869年、京の都に疫病が流行し、これが御霊のたたりであるとされた。そこで平安京の庭園内にあった神泉苑においての本の矛を立てたところに祇園社の神輿を送って災厄の除去を祈った。これが祇園祭の起こりだ。

神社の正門は南楼門だが、四条通に面する西楼門を入ってすぐのところに摂社・疫神社がある。蘇民将来社とも呼ばれるこの摂社には、祇園祭の最終日・7月3日に大きな茅の輪が設えられ、祭が無事に終わったことに感謝する神事の後、参拝者は茅の輪をくぐって厄よけを祈願する。本殿はその奥にある。

境内に摂社・末社が16、なかでも美御前社が話題

境内には16の摂社・末社があるが、なかでも美徳成就のご利益があるとされる「美御前社」が女性にとくに信仰されている。たいへんな美人として知られる姉妹の神・宗像三女神をまつっており、社殿前に湧く御神水は心身ともに美しくなるという。

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