基礎知識

神社の社号の種類

平安時代の『延喜式』に登録された「式内社」

神社には社号といって、「○○神宮」や「○○大社」など、さまざまな呼び方がある。そのうちの一つ「神宮」は天皇家やその祖先神、天皇家とゆかりの深い神器や神をまつっている神社につけられる号だ。「大社」は全国に数多くある同名神社の宗社につけられる号だ。神社本庁から特別な許可をもらえば改称が可能で、北海道神宮や英彦山神宮、住吉大社などは戦後に社号を変えた。

社号は神社の優劣を示すのではなく、由緒に基づく部分が大きい。しかし終戦直後までは、「社格」という格付けが存在した。つまり国が定めた神社のランクだ。各神社にある石碑や看板に注目してほしい。「一宮○〇神社」「旧官幣社〇○神社」などと書かれている場合がある。これらはかつて存在した社格のなごりだ。平安時代にまとめられた法典延喜式には、「神名帳」という神社の一覧が掲載されている。それによると神社の数は全国2861社。ここに記載されているのは、幣吊(神への捧げ物)が奉じられる、神田が与えられるなど、国の保護を受けている神社のみ。これらを延喜式神名帳のなかに含まれた「式内社」と呼ぶ。つまり式内社というだけで、格式が高かったのだ。

式内社はさらに「官幣社」と「国幣社」に分けられる。官幣社は朝廷が運営に関わる神社で、国幣社は朝廷から遠方に派遣された国司が運営に関わる神社。さらにそれぞれ大小の区分があり、官幣大社、官幣小社、国幣大社、国幣小社というように細かく格付けされていた。ちなみに冒頭で少しふれた住吉大社など「大社」の社号に改称する際は、昔の社格が官幣大社や国幣大社だったことが基準になる。

明治時代に細分化されたのち解体

平安時代中期以降になると、祭りなどの際に天皇から勅使が送られる重要な神社が畿内から2社選ばれた。この「二十二社」は非常に格式高い神社となり、さらにそれらを上中下の3段階に分た。いっぽう地方にある神社には番号がふられ、格の高い順番から、それぞれ一宮、二宮、三宮……と呼ばれた。

やがて明治時代になると、政府は王政復古の理念のもと、社格を改めて整え直した。「延喜式』にあった官幣社と国幣社を大中小の3段階に分けたほか、靖国神社のように国のために貢献した人物をまつる神社の別格官幣社を設置。この3種類は「官社」と呼ばれ、国の神祇官の管轄だった。

官社に含まれず、地方官の管轄となる小さな神社を「諸社」と呼ぶ。諸社にも格があり、高い順からそれぞれ府社、県社、郷社、村社、無格社に分けられた。官社と諸社では待遇が異なった。官幣社、国幣社は国から幣吊料の供進を受けるのに対して、諸社は無格社をのぞいて、府県などから幣吊料を受けた。

このように続いてきた神社の管理体制に大きな変化が訪れたのは終戦後だった。神社と国の結びつきを危険視したGHQによって、神社の国家管理が禁止され、国が定めた社格も消滅。保護を受けられなくなった神社は、それぞれ宗教法人として組織されることになった。現在、全国にある約8万5000社の神社は、神社本庁が包括している。その名前から官僚機構のようなイメージがあるが、あくまで民間の宗教法人だ。

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