中部 三重県

伊勢神宮(いせじんぐう)

伊勢神宮(いせじんぐう)

https://www.iseshima-kanko.jp/about/10min/ise-jingu_shrine

所在地・住所
  • 内宮(皇大神宮):三重県伊勢市宇治館町1
  • 外宮(豊受大神宮): 三重県伊勢市豊川町279
電話番号 0596-24-1111(午前8時30分~午後4時30分)
参拝料金 無料
参拝時間
  • 10月・11月・12月:午前5時~午後5時
  • 1月・2月・3月・4月・9月:午前5時~午後6時
  • 5月・6月・7月・8月:午前5時~午後7時
祭神
  • 内宮:天照大御神(あまてらすおおみかみ)
  • 外宮:豊受大御神(とようけのおおみかみ)
創建
  • 内宮:紀元前4年
  • 外宮:478年
アクセス
  • 内宮:近鉄鳥羽線「五十鈴川」駅から徒歩30分(伊勢二見鳥羽周遊CANバスの運行あり)
  • 外宮:近鉄山田線、またはJR参宮線「伊勢市」駅から徒歩5分
公式サイト https://www.isejingu.or.jp/

皇室の祖先をまつる唯一の神宮

正式名称は「神宮」。天照大御神(あまてらすおおみかみ)をまつる内宮(皇大神宮)と、豊受大御神(とようけのおおみかみ)をまつる外宮(豊受大神宮)から成り、さらに県内の4市2郡にまたが
って合計125の摂社や末社、所管社があり、これらすべてを指している。

内宮は神宮の中心。その広さは伊勢市の約4分の1を占め、国内最大の神域となっている。

鳥居をくぐって玉砂利の敷き詰められた道を15分ほど歩くと正宮の前に出る。通常、正殿は四
重の垣根で囲われており、なかを見ることはできない。

祭神・天照大御神は皇室の祖先。日神とも称し、すべての秩序の根源ともいわれる。

内宮の創建は天皇の皇女・倭姫命が天照大御神
を伊勢にまつったことが始まりだとされる。

『日本書紀』によると、「是れ、神風の伊勢の国は、即ち常世の浪、重浪の帰する国なり、傍国の(中心ではないが)可怜し(美しい)国なり。この国に居らんと欲う」との神託があったという。

外宮が鎮座したのは、内宮の500年後。雄略天皇の時代に神にお供えする食物をつかさどる豊受大御神を丹波国(京都府北西部と兵庫県東部)から迎えた。こちらも神託によるもので、天皇の夢に天照大御神が顕れてそれを望んだという。外宮の御饌殿では、天照大御神をはじめとする神宮の神々に神饌をお供えする祭事が、朝夕2回、行なわれている。

現在、いつも多くの人が参拝に訪れる伊勢神宮だが、もともとは庶民に近い存在ではなかった。というのも古来、伊勢神宮には私幣禁断(天皇以外の供物の奉納を禁ずる)の制度があったからだ。

しかし、個人の参拝までもが禁じられていたわけではない。神宮の存在を民衆に広めたのは、祭儀のために都から派遣されてきた勅使の従者らだと考えられる。彼らが戻って神宮の話をしたのだろう。さらに、中世には伊勢信仰の伝道師「御師」が登場。その信仰が全国的なものになると、「伊勢講」と呼ばれる参詣集団も生まれた。戦国時代には一時衰退するも、近世に入ると伊勢講がふたたび活発に。こうして「お伊勢参り」は庶民の夢の一つとなった。なお、参拝にあたっては、外宮、内宮の順で行なうのが古くからの習わしとなっている。

20年に一度行なわれる最大の祭事・式年遷宮

神宮では、20年に一度社殿や御装束などを新しくして、神を遷す「式年遷宮」が行なわれる。その発案は天武天皇だと伝えられており、平成25年には62回目が終了している。この1300年にわたるしきたりによって、神宮は日本国民の心の拠り所として生き続けているのかもしれない。

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